岩波書店:新日本古典文学大系本から帯封が消える?

いつもながらの「岩波書店:新日本古典文学大系」本より、帯封が全廃されそうです。これは、未確認の情報であることや、決定事項ではないようですが、すでにAmazon等のOnline Shopの商品見本からは帯封が全廃されて、帯封がない状態で紹介されています。

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例として、「萬葉集 二」のAmazonに掲載されていた画像を再掲載します。

私が問題視しているのは、改版せずに、元の体裁のまま、帯封を廃止してしまうと、全集本として並べてみたときに、帯封があるものと、ないものとが混在するということです。

ではなぜ帯封にこだわるのか? 私は決して書籍を「お宝探偵団」のように金銭的価値に置き換えてみることはしません。しかし、これとは全く違う次元として、帯封のあるものとないものとでは、書籍の財産的価値が全く違ってくるのです。わざわざ財産的価値の低いものを甘んじて受け入れることもないと私は考えるのです。決して安い買い物ではなく、一冊数千円以上の高額商品です。

話が前後しますが、そもそもこの問題に気が付いたのは、この大系本を購入したとき、4分冊中、2冊だけを発注して受け取りの段になって、2巻目には帯封があるにも関わらず、第一巻には帯封がなかったことが原因です。

まぁ、本音を書くと、この一件は書籍店にも責任の一端があり、納品された段階で、そのような状況であれば即、版元に問い合わせるべき。これを怠ったために、私が引き取りに来たときに、プロテストしたさいに、即対応が出来なかったし、私自身納得もできなかった。地元書店で、どのような些細なことであれ、トラブルを起こしたくない、という私の気持ちが通じなかったかか?

これも本音ですが、一冊5,000円以上する書籍の帯封云々で、天下の岩波がケチる理由も見当たりません。

究極的な結論からは、岩波が「もう帯封は止めるのだ」と明言すればよく、私が購入した該当書籍に関しては「今後はどうなるか決まっていない」、大系本全体についても、帯封をやめるかどうか、まだ決定していない、というあやふやな態度は、いかが。ただその場しのぎの言い逃れでしかないと判断するのは私だけでしょうか?

ただ、帯封がある大系本と、それがない大系本が混在することについては、岩波書店は、はっきりと、大系本で明言すべきが筋ではないか、と思う次第です。

最後に中古本の世界では、帯封があるものはそれなりに扱われ、帯封のない書籍は二束三文です。それだけ「帯封」があるかないかは、大きな問題でもあるのです。

 

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